マインド オブ ザ トゥルース 2



―和泉、返事は?―


―わかったって・・・―

―何が、わかったの―

―もう・・・!兄貴の言う通り、勝手なことばかりしてましたっ!―

―そうだね。わかっていることは言わないから、ズボンと下着をおろしてそこに手をつく―

先生はホワイトボードの差し棒を手に取り、テーブルの上をパンッと弾いて指し示した。

和泉は口答えも逆らうこともしなかった。




伝統は 一世紀の昔より変ることなく

規律乱し者は 未だ体罰を受く




学校の罰則のひとつとして、充分認識されていることだった。


ヒユッ!風を切る音がして、細い金属棒が柔らかい双丘でしなる。


ピシーッ!


―・・・つ!!―

早い返しで連続の痛打。


ピシッ!ピシッ!


―ひっ・・・!―


ビシッ!!


下から掬い上げるような、重い一打が食い込み、

さらに二打、三打が、寸部なく同じ箇所に打ち込まれた。


ビシッ!!ビシッ!!


―痛っ!痛てぇ!!・・・もっ・・勘弁して・・・―

重い連打の痛みに姿勢を保つのも限界のようだった。和泉は喘ぐように懇願した。

先生は和泉の懇願に、差し棒を手のひらでパシパシ鳴らしながら聞いて来た。

―これからはちゃんと出来るの?勝手なことしない?―

―でっ・・出来る!!勝手なこともしな・・っ・・・!!―

返事の途中で、差し棒が唸った。


ビシーッ!!


―うああぁっ・・・!!痛いぃっ!!!―

和泉の絶叫が、カウンセリング室に響いた。


―和泉?―

先生は和泉の返事を遮っておきながら、すぐまた返事を求めるように名前を呼んだ。

―・・っう・・ぅ・く・・・はい・・―

―そう。まずはい≠セね。和泉は、講釈が多すぎる。わかった?―

―・・・はい―

―じゃ、服整えて。帰るよ―





「ガッカリだよ。おれだけ叩かれるしさ・・・・」

「・・・うん。でも話を聞いた限りでは、三浦が打たれる要素はひとつもないよ」

「あいつ、勉強も出来るみたいだな・・・」

「中等部からあの三人は、ずっとトップクラスだよ」

和泉は大きく両腕を広げ、テーブルに突っ伏した。

そのままの状態で、顔だけを僕に向けた。

「・・・あいつらの謹慎理由って、何?」

「三浦が僕に聞けって言ったんだよね?タバコだよ」

「タバコ!?・・・水島にしてもそうだけど、勉強出来る奴ってわかんね」

「ほんとだね」

思わす笑いが零れた僕に呼応して、テーブルに顔をつけたままの和泉の目尻も下がった。



昼の時間はあっと言う間に過ぎて、いつまでもここにいるわけにはいかなかった。

「おれも寮に帰るよ」

「帰っていいの?」

「ん・・・でもその前に、水島が聡に会いたいって言うからさ」

「水島君が・・・」

飲み干した紙コップを僕の分と重ねて、和泉はゴミ箱の口に向かって放り投げた。

紙コップのひと回りほどの大きさしかない口に、スポンと吸い込まれるように入った。

「ナイスシュート!あー、バスケがしたい!水島は兄貴と中等部の・・・誰だっけ?
名前忘れた、
会いに行ってる。もうすぐ帰ってくるよ」

「和泉は、いつ水島君と会ったの?」

「午前中、だから携帯返してもらう前だよ。
バカって言ったら、ごめんだって・・・何だか中等部の
頃のあいつ思い出した」

和泉と水島にしかわからない心の交流。


「・・・顔、痛いかって聞いたら、尻の方が痛いって。おれと同じだなって、二人で大笑いした」


―本条君、バスケットしない?メンバー集めてるんだ―


今度は和泉が、水島君を誘う番だね。

僕は、次は観客席から見てるよ。


「お尻が痛いのは、自業自得だよ」

「ちえっ!」

照れた笑顔で、和泉は舌打ちをした。



ねぇ、和泉。

こんなふうに言い合える相手がいるって、何て心が楽になるんだろうって思うよ。

きっと水島君もだね。

だって、ほら。 

和泉と同じ笑顔をしている。





食堂の扉が開いて、先生と水島が入って来た。

「村上さん!」

水島は顔の腫れも随分引いていて、眼鏡がすっきりと治まっていた。

「渡瀬は不機嫌な顔をするけど、僕に委員長の責務は重すぎるんだ。君がいなきゃ、困る」

「・・・迷惑を掛けました。足は、大丈夫ですか」

「大丈夫だよ。それより、竹原君はどうだったの」


水島は瞳を細めて、眼鏡のブリッジをクイッと手で押し上げた。


「俺が親の温もりを教えたなんて、とんでもありません。
篤が俺に・・・忘れていたものを取り戻
させてくれたんです」


―僕、水島さんが悪い人だなんて、これっぽっちも思っていません。本当です。
だから転校した
くないってお父さんに言ったんです―

―篤・・・―

―そしたらね、お父さんが、水島さんは関係ないんだよって。
お父さんがいつでも僕をこうした
いからなんだって・・・―


「篤が・・・抱きついて来たんです。ボロボロ涙を零しながら、人差し指で1の字を作って・・・」


―うぅっ・・・ひっく・・・お母さんにも・・・。お父さんとお母さんに・・1回ずつ・・ぎゅって・・・してもらった―


それまで水島の擬似の感触で誤魔化していた竹原の心のバランスが、いきなり本物の温もりに触れて崩れてしまったのだろう。


―転校したら、1回ずつが鬱陶しいってくらいになるぞ―


竹原は水島に抱き付きながら、涙で濡れた顔を綻ばせた。



求めていた温もりに 竹原の心が震える

苦しくて息が詰まる 水島の心の楔が引き抜かれ

二人の

ガラスのような透明の心が

真実を映し出す



「さてと、和泉は聡君が迎えに来たことだし、これから僕は温室でも見て回ろうかな・・・」

先生がエプロンを掛けながら、やはり名札は内側に押し込んでいた。

「聡、帰っていいってさ!」

それまで退屈そうに椅子に背もたれて話を聞いていた和泉が、跳ねるように立ち上がった。

「・・・和泉、まだ許可貰っていなかったんだね」

「へへっ。でも水島が聡に会いたいって言ってたのは、本当だぜ」

悪戯っ子のような笑顔で、いつものお決まりの仕草。


和泉が親指を立ててウインクをする


僕と水島は顔を見合わせて、苦笑いするしかなかった。


「水島君、待ってるから。和泉と・・・クラスの皆で待ってるよ」

「はい。俺は二学期から戻ります」

「そう!もう決まったの!?良かったね!それまでは、ここに?」

「次の期末はここで受けて、夏休みの間は家に帰ります。アルバイトをするんです。
先生が学校を通して手続きも斡旋も、全てするからと言ってくれて・・・」

水島の感謝の気持ちが、衒う(てらう=実際以上に良く見せる)ことのない言葉に表されていた。

「暫く汗を流していないだろ。勉強と両立しながら、たくさん汗を流せばいいさ。
それがスポーツであっても働くことであってもね。体を動かすことが、君にとっていま一番必要なことだ」

先生は笑顔を見せながら歩み寄った。

そしてすっと手を伸ばして「二学期からまた宜しくね」と、水島の頭を撫でた。

誰のことを託したのか、聞くまでもなかった。

大柄な水島が丸く縮こまったまま、赤い顔で照れていた。







「・・・兄貴、水島のこと覚えてた」

「そうみたいだね」

和泉と連れ立って歩く宿舎からの帰り道。

話は自然に、先生と水島のことに及んだ。

「忘れっぽいから・・・それに最初教室に入って来た時さ、知らないみたいな言い方だっただろ」

「先生として接することと、和泉の保護者として接するのは、また別なんだよ。
・・・たぶん先生は、ずっと和泉と水島君のことは覚えていたと思うよ」

「・・・入学したての頃は馴染めなくて、しょっちゅう兄貴のとこへ行ってたからなぁ。
あんまり何も言ってくれなかったけど、話だけはよく聞いてくれてたんだ」

和泉は昔を思い出すように、はにかんだ笑みを浮かべた。





宿舎から寮へ続く道。すでに雨の上がった林の中を抜けると、暑い日射しが照りつける。

視界は一気に開け、周囲を取り巻く樹木の葉の中から、校舎と同じ青い屋根と白壁の建物が清々しい佇まいで見えてくる。


「うん。おれたち両親いないから、兄貴と二人なんだ」


何となくそんな気はしていたけど、いざ目の前で告げられたら何と言葉を返していいかわからなかった。

黙っている僕に、和泉は淡々と話を続けた。

「兄貴とは年が離れていたから、おれがもの心つく頃にはもう寮生活に入っていて、家にには殆んどいなかった。
・・・兄貴もここの卒業生なんだぜ」

先生もここの卒業生・・・。何故だろう、少しも驚きはなかった。

ああやっぱり・・・そっちの気持ちの方がずっと強かったからかも知れない。

「だから、おれ一人っ子みたいだった。・・・交通事故だったんだ。両親の運転する車に乗っていて、おれだけが助かった。
入学が遅れたのもそれが原因って言えば、そうかな。・・・黙っていて、ごめん」

「和泉が謝ることじゃないよ。でも聞かせてくれて、ありがとう。
・・・和泉、僕も水島君やクラスのみんなと同じになれたのかな」



幾歳月の春夏秋冬を過ごして来た仲間たちと

僕は同じになれたのかな

君の 健やかなときも 病めるときも



共に過ごして来た仲間たちと

僕も一緒でいいのかな


「そんなの、最初から同じだよ。聡はおれたちのクラスの委員長だろ、委員長がそんなこと言うなよ」


和泉の翳りの無い笑顔が、夏の空に溶け込んだ。







寮に戻ると、和泉は一旦自分の部屋に帰ったものの、すぐ勉強道具を抱えて僕の部屋に来た。


「おれ、今度の期末ちょっと頑張らないとやばいんだ。聡、教えてよ」

「僕だって人に教えられるほど、成績良くないよ。一緒にしよう、どうぞ入って。和泉はそこのローテーブル使って」

「サンキュ!」

午後は、和泉と二人で試験勉強をすることになった。


「だけど、ちょっと頑張らないとやばいって、何がやばいの?」

この間の実力考査も、まあまあ出来たと言っていたのに。

「兄貴だよ。成績が下がってるって、散々絞られた」

「えぇっ!?先生でも、成績のこと言うの?」

どう考えても、先生が成績のことで和泉を叱ったとは考えにくかった。

「言うさ!だいたい宿舎に引っ張って行かれたのは、そのことだったんだから」

和泉は心外そうに声を荒げた。

「へえ・・・そうなんだ」

「そうだよ。説教されるし、尻叩かれるし」

「また叩かれたの!」

「・・・いっぱい叩かれたって言っただろ。ああそうだ、やな奴にも会ったし」

渡瀬を指しているのは、言うまでもなかった。



「宿舎の兄貴の居住区には、おれの部屋もあるんだ。
夏休みとか冬休み、今はほとんど寮で過ごすけど、中等部の頃は帰ってたから」


反りの合わない三浦との謹慎後、和泉は先生の宿舎で今度は渡瀬と会った。

―渡瀬、まだいたの。和泉はこれまでの成績表見せてもらうから。
先に部屋に帰って、PCから自分のパスワードで個別データー引き出せるだろ。今日はここに泊まってもらうからね―


「げぇ〜、マジ!?って感じだよ。しかもあいつまで、関係ないのにすっごい顔で睨んで来るしさ」


たぶん渡瀬が睨んだのは和泉ではなく先生の方だ。

しかし仮に誤解を解いたとしても和泉の渡瀬に対する印象はあまり変わらないような気がした。

「和泉が先生と一緒だったから、そう感じただけだよ。渡瀬は先生の方に不満があったんだと思うよ。
和泉みたいに言いたいこと言えない分、顔に出ちゃうんだよ」

「・・・・・・まっ、どっちにしてもおれは気に食わない」

案の定、和泉はそっぽを向いた。




その後、二階の部屋では和泉が成績表を用意し終えた頃、先生が戻って来た。

先生はさっそく成績表を手に取った。

―高等部一年の二学期から、この間の実力考査までの分だね。どうして見せに来ないの―

―・・・わざわざ見せに行かなくても、兄貴先生なんだからわかると思って・・・―

―試験のたびに弟が成績表を見せに来ないので見せて下さいって、和泉の担任の先生に頼みに行くのかい?―

―頼みに行かなくても、おれのパスワード知ってるじゃん・・・―

―知っていても、そんなことでパスワードを使う保護者はいないよ―

―・・・・・・―

黙ってしまった和泉に、先生はそのことについてはそれ以上言わなかった。

次に先生は、順番に成績表を広げた。

―見てご覧、ここ。特に一年の三学期、席次がずいぶん下がってるじゃないか―

―別にさぼってたわけじゃないよ。試験のときは勉強してるし、おれなりに頑張ってる―

―試験前に付け焼刃のように勉強することが、和泉なりの頑張りなのかい?―




「・・・聡、兄貴に何か言った?」

「もう、僕が何を言うの。悪いけど僕だって先生と同じ意見だよ。
先生は成績じゃなくて、和泉の勉強振りを言ってるんだよ」

「・・・好きなことになると、つい夢中になるんだよなぁ。好きなことが勉強だったらよかったのになぁ」

和泉は半ば脱力気味に、パラパラと教科書を捲った。




―ほら和泉、ズボン下ろして膝においで―

―え゛っ!?・・・さっきたくさん叩かれた!―

―あれは謹慎がちゃんと出来てなかったからだろ、返事とね。・・・返事は直ってないみたいだね―

―やだよ!兄貴の膝なんて・・・もう中坊じゃないんだから―

―じゃあ、机に手をついても四つん這いでも、和泉の好きなスタイルでいいよ―

―無い!無い!そんなの無い!次から成績表もちゃんと見せに来るし、勉強も・・・―

和泉の必死の訴えも、先生には往生際の悪さにしか映らないようだった。


―言われたことは出来ない、勉強もしない、言い訳ばかりするようじゃ中等部どころか小学生からやり直しだね、和泉!―

抵抗も虚しく、和泉は先生の膝に押え付けられた。

先生がベルトを外しに掛かった段階で、また和泉の抵抗が激しくなった。

―まだ痛いんだって!!兄貴やめ・・・!!―


ばち〜んっ!


ズボンの上から強烈な一発。

―いだぁっ!!―

ひるんだ隙に手と足を取り押さえられて、その勢いのままズルズルとお尻が剥き出しになった。


ばちん! べち〜んっ!!


―いっ!・・・痛いって・・ほんとに・・・―

―痛くなるようなことばかりするのは誰だい―

―だ・・だって!兄貴いつも言ってるだろ!友達たくさん作って好きなこと見つけて、勉強ばかりが学校生活じゃないって!―

―うん。入学後なかなか馴染めないでいた和泉から、友達やバスケの話を聞いたときは嬉しかったよ。
だけどそれで勉強が疎かになってもいいなんて、ひと言でも言ったかい―

―疎かにしてるつもりなんてない!けど・・・―

―けど?―

―高等部になって、ますますバスケが面白くなって・・・えと、なって・・・勉強に集中出来なかった時があった・・・かも?―

珍しい先生のため息の後、一拍おいて肉厚の手が容赦なく和泉のお尻で弾けた。


 ぱんっ!! ぱんっ!! ぱぁんっ!! びしゃっ!!


―・・・っ!!痛っ!痛いって!痛いぃ!!―

―それを疎かにしてるって言うんだよ―

―・・うぅ・・・・―

―バスケをするくらい勉強もして、この成績なら何も言わないよ。してないだろ?―

―・・・・・・―


ばちん! びしゃーん!


―あぅっ!はい・・・―

―和泉はまだしっかり勉強しなきゃいけないんだよ―


ばちん! べちーん! びしゃっ!


―ひっ・・はいぃ!わかったぁ!―

―ほんとうかな―


べちん!べちん!


―ほんとうだから!!ちゃんとするから!!―

―どうしようかな―


べち!べち!


―兄貴・・・ごめん・・・。これからは勉強も一生懸命する。成績表もちゃんと見せる。
約束する・・・ごめんなさい―

―うん。じゃ、おしまい。・・・泣かなくなったところだけは、認めてあげるよ―

ポン、ポンと和泉の頭に手を置いて、先生は和泉を解放した。




「おれ、崖っぷちなんだ。もしこの期末でまた席次落ちたら、絶対夏休み中兄貴の宿舎で監禁だよ。バスケが出来ない」

「和泉はお尻叩かれるより、バスケ出来ない方が堪えるみたいだね」

「当ったり前じゃん!」

崖っぷちと言いながら、和泉の笑顔は全開だった。

その笑顔は、何があっても守られているという信頼の証のような気がした。

和泉を包む大きな暖かさ。


―兄貴が先生なんて、損だ―


そうだね、そうかも知れないね。

君だけの兄さんは、みんなの先生だものね。





お互い話も程々に切り上げてようやく本腰に入りかかった途端、携帯の着信メロディが聞えて来た。

和泉の携帯だった。

「・・・おれ?大丈夫に決まってんじゃん!レストルーム・・・他のみんなも?行く!行く!じゃな!」

「和泉?」

「クラスの奴らだよ。おれ、引っ張って行かれただろ。
一応心配してくれてたみたいでさ、レストルームにいるんだけど、聡も行く?」


「僕はいいよ。一応って、みんな本当に心配してたんだよ。水島君のことも、それとなく伝えておいて」

「うん、わかった。ちょっと行ってくる」

教科書を広げただけで殆んど何も手をつけることなく、和泉は嬉しそうに部屋を出て行った。

なかなか勉強に集中とはいかないようだった。


もちろん和泉ばかりというわけではなく、僕も途切れた集中力を取り戻すべく声に出して机に向かった。

「さあ、頑張ろう」


こうして机に座れることさえ 叶わないと思っていた日々

一年越しに 二年生の教科書を開いたとき

ああ 学ぶことの尊さは

感謝の気持ちなのだと思い知る

白い壁の白い部屋

色のない部屋に

唯一目を楽しませてくれた千羽鶴

色とりどりに 一羽一羽は美しく

千羽になれば飛翔するかの如く 力強く

もらった命に 生きる力を与えてくれた

リターン ツゥ スクール

―勉強する意味は?生きている意味は?―

たくさんのことを学ぶために

だから僕は頑張れる

さあ 頑張ろう







カリッ・・・筆記中にシャープペンの芯が折れて、手が止まった。

勉強に集中していると、時間の感覚がなくなるときがある。

「何時・・・?」

時計を見ると、和泉が部屋を出て行ってそろそろ一時間が経つ。

もう帰ってくるかな・・・と思っていたころ、

――コン、コン・・・

ドアをノックする音がして、和泉が帰って来た。


コン、コン・・・

カギは掛かっていないので、勝手に入ってくると思っていたのにノックの音は続いた。

和泉じゃない!? 誰?

もしかして、三浦!?

急いでドアを開けた。


「聡・・・謝りに来たんだよ」



「御幸・・・」



「怒ってる?そうだよね・・・」

「怒ってないよ!電池切れや・・・携帯の不具合なんてよくあることだよ」

「そう?良かった。何だか聡、歓迎してくれてるような顔じゃなかったから・・・」

「訪ねて来てくれるなんて思いもしなかったから、驚いただけだよ。それも具合悪いのに」

そんなの平気だよと言いながら、御幸はゴホン、ゴホンと絶えず咳をしていた。

「・・・部屋に入れてくれないの?ああそっか、僕が風邪を引いているから移ると大変なんだよね。
・・・何だか以前みたいに付き合えなくなっちゃたね・・・帰るよ」


以前・・・御幸とは図書室やレストルームで本を読んだり勉強したり、渡瀬や真幸たちよりも一緒に過ごすことが多かった。

僕が発病して休みがちになった時でも、御幸は小まめにノートを貸してくれて常にどこまで授業が進んでいるかを教えてくれた。

目の前の御幸に、その頃の懐かしさと御幸の優しさが込み上げて来て胸が熱くなった。


「御幸、そんなこと言わないでよ。変わったのは僕の学年だけだよ、そうだろ?入って」


手を取って御幸を部屋に引き入れた。


・・・熱っぽい手だった。







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